はじめに
皆さんは「微量元素」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?糖尿病と聞くと「炭水化物(糖質・食物繊維)」をイメージする方も多いと思いますが、微量元素と糖尿病にも密接な関係があることが示唆されています。1)今回は糖尿病と微量元素の関係性について、自己学習や先行研究の内容をふまえてまとめてみます。
1)池田 康将、土屋浩一、玉置 俊晃.見直される糖尿病の食事療法 5.糖尿病と食事由来金属元素:糖尿病 56(12):919~921,2013
5大栄養素と微量元素
私たち人間が生命活動を営むために必要な成分である5大栄養素(タンパク質、糖質、脂質、ビタミン、ミネラル)。5大栄養素の3つの役割について車に例えて示してみましょう。
タンパク質:体を作る主成分(ボディ・エンジンの材料)
糖質・脂質:力や熱になる主成分(ガソリン)
ビタミン・ミネラル:体の調子を整える主成分(オイル・潤滑油)
栄養素の一つであるミネラルは、ヒトの体を構成する元素の中で、酸素・炭素・水素・窒素の四つを除いた元素の総称です。ミネラルのうち、体内に極めて少量しか存在しない元素(1日当たりの摂取量が100mg未満)を「微量元素」といいます。日本人の食事摂取基準2020年版で示されている微量元素は、鉄・亜鉛・銅・マンガン・ヨウ素・セレン・クロム・モリブデンの8種類です。
微量元素の特徴・多く含む食品
八つの微量元素のうち、ここでは糖尿病との関係性が示唆されている「鉄」「亜鉛」「クロム」について紹介します。
(~参考文献~保坂利男、豊永咲.糖尿病と微量元素:月刊糖尿病ライフさかえ、第六二巻・第八号、p35-38、2022)
①鉄:Fe
【特徴】
・成人の体内に3~5g存在する。
・そのうち70%は赤血球や筋肉に存在し、残りの30%は肝臓や骨髄などに貯蔵されている。
・吸収された鉄分は体内でヘモグロビンとなり、酸素の輸送に関与する他、筋肉中に酸素を蓄えるミオグロビンの構成成分になる。
・鉄分が不足すると、鉄欠乏性貧血になり全身への酸素供給が不十分になる(倦怠感、息切れ、易疲労感)。
・鉄が不足した状態だと、骨吸収が高まり部分的な骨の破壊が生じる。
【鉄を多く含む食品】
・肉類、魚介類、藻類、緑黄色野菜、大豆製品(納豆や豆腐)
・鉄には肉や魚に含まれるヘム鉄と、野菜などに含まれる非ヘム鉄がある。ヘム鉄は非ヘム鉄よりも吸収率が高い。
・果物や生野菜に多く含まれるビタミンCと一緒に摂取すると吸収率が高まる。反対に、紅茶や緑茶に多く含まれるタンニンは鉄分の吸収を抑制する。
・ほうれん草にも鉄分が含まれているが、鉄の吸収を抑える成分であるシュウ酸も含まれているため、吸収率は低い。
【1日の摂取推奨量】
・20歳以上の日本人における鉄の摂取量の平均値は7.9mgであり、推奨される量は6.0~11mgとなっている(“令和元(2019)年国民健康・栄養調査”)
【糖尿病との関係】
・鉄の過剰摂取は活性酸素類を増やす要因となる。体内の活性酸素類が上昇すると、インスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる状態)が高まる。その結果、血糖値の悪化に関わるとともに、動脈硬化による脳梗塞や心筋梗塞などの危険を高めるため、鉄の摂りすぎには注意が必要。
②亜鉛:Zn
【特徴】
・成人の体内に約2g含まれている。
・ほとんどは筋肉と骨の中に含まれるが、その他にも皮膚や肝臓、膵臓、前立腺など多くの臓器に存在する。
・ヒトの体において、新しい細胞を作る際に必要な酵素(タンパク質)の働きを助ける。
・亜鉛が不足すると、タンパク質やDNAの合成がうまく行えなくなり、成長障害を来す。また、味蕾細胞が作られる過程で必須なものであるため、亜鉛不足により味覚障害を生じることがある。
【亜鉛を多く含む食品】
・魚介類(牡蠣やうなぎ)、牛や豚の赤身肉、納豆、種子類など
・白米にも亜鉛が含まれているが、玄米やキヌアなどは精白米よりも亜鉛の量が多い。一五穀米などを白米に入れて炊くと、亜鉛摂取の強化につながる。
【1日の推奨摂取量】
・日本人の食事摂取基準では、男性は11mg、女性は8mg摂取することが推奨されている。
・令和元年国民健康・栄養調査では、摂取量の平均値が男性9.2mg、女性7.7mgであり、男女ともに推奨量を下回っている。
【糖尿病との関係】
・血糖コントロール不良で高血糖になると、亜鉛を含む一部のミネラルは尿と一緒に排出されてしまう。
・糖尿病患者において、亜鉛摂取量が多いと空腹時血糖値やHbA1c、血清総コレステロール値が低下することが多くの報告で示されている。
③クロム:Cr
【特徴】
・全身の細胞に含まれ、炭水化物や脂質の代謝を助ける重要なミネラル。
・糖尿病、高脂血症、動脈硬化など生活習慣病予防に効果があると期待されている。
【クロムを多く含む食品】
・藻類(あおさ、あおのり、昆布、ひじき)、香辛料類(バジル、パセリ)、きくらげなどのキノコ類、アーモンドなどの種実類、さばなどの魚介類など、多くの食品に含まれている。
【1日の推奨摂取量】
・男女ともに18歳以上で10㎍と設定されている(耐容上限量は18歳以上の男女ともに500㎍と定められている)。
【糖尿病との関係】
・インスリンの働きを助け、細胞内への糖の取り込みを促す。
・クロムの摂取が不足すると、インスリンの作用が低下し、細胞内に糖が取り込まれにくくなる。そのため、血糖値が上昇すると考えられる。
亜鉛摂取と糖尿病
上述したように、微量元素の摂取が糖尿病に与える影響は少なくありません。記事の執筆過程で「亜鉛摂取と糖尿病」に関する調査研究を読みました。微量元素の一つである亜鉛と糖尿病との関係について分りやすく解説されていたので紹介します。
亜鉛摂取と糖尿病について:日本家政学会誌 Vol. 58 No. 4 179~185 (2007)
この研究では、調査対象者を健常者であるコントロール群(CTL)、1型糖尿病患者(IDDM)、2型糖尿病患者(NIDDM)に分類し、血液検査や食事調査、味覚検査が行われました。調査結果の中で、「IDDM および NIDDM の血清亜鉛値は CTL と比較して低い傾向が認められた。 また、血清鉄値も CTLと比較して低値を示した。」と述べられています。調査では、鉄の摂取量低下も味覚に与える影響が示唆されています。さらに、味覚検査に関して、「 IDDM については、舌の前方における苦味、舌の後方における甘味と酸味の感度が CTL に比べて有意に鈍く、NIDDM では舌の前方における甘味、酸味および苦味、 舌の後方における甘味の感度が有意に鈍くなっていた。」と記載されています。糖尿病患者の味覚感度が鈍くなっており、特に甘味の識別能が低下しているという調査結果を知ったのは初めてであり、非常に興味深く感じられました。
私自身の経験を振り返ってみると、普段、患者さんと接する中で〝食習慣〟について尋ねることはあっても、〝味の感じ方〟について尋ねることはほとんどありませんでした。ミネラル摂取量や味覚感度が食行動に及ぼす影響についても改めて考えていく必要があると感じさせられる内容でした。
糖尿病食は、糖質コントロールが行われている反面、全体的なミネラル含量が低いことが報告されており、本研究の考察において「糖尿病のエネルギーコントロール食における質の改善が重要であると考えられた」と述べられています。食事療法というと、“1日3食規則正しく食べましょう”、“間食を控えましょう”と呼び掛けがちですが、ミネラル摂取を意識した食行動を取ることも重要であると考えられます。
まとめ
今回の記事では微量元素の摂取不足が及ぼす影響について述べてきましたが、過剰摂取による弊害についても注意が必要です。一例で挙げたクロムに関して言うと、サプリメントで大量に摂取すると血液中の濃度に比例してインスリンの効きが悪くなるという報告もあるようです。やはり栄養素は食事から摂取することが基本といえるでしょう。
サプリメントに限らず、『これが○○に良いらしい』と聞くと、つい飛びついてしまいがちですが、メリット・デメリットをふまえて正確な情報を得たうえで判断・行動していくことが必要であるといえます。日頃患者さんに関わる医療者としても、正しい知識を持ち、より良い療養行動の継続に繋げていくという姿勢が大切であると感じました。今後も自己学習を怠らずに学びを深めていきたいと思います。
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